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掲示板の言葉

「ええ、売名(偽善)ですよ。皆さんもおやりになるといい。」杉良太郎

 60年以上にわたり慈善活動を続けてこられた杉良太郎さん。ある時、記者から心ない質問を受けたそうです。「売名ですか? 偽善ですか?」その問いに対して杉さんは、「ええ、売名ですよ。皆さんもおやりになるといい」そのような趣旨のことをお答えになったと伝えられています。この言葉は、私たちが慈善活動に取り組む上で大切な心構えを教えてくれるように思います。

 仏教では、人間の行いには、必ず煩悩という自分中心の心が混じるといわれます。例えば、近所に困っている方がおられて、その方のために手伝いをし、困りごとを解決することができたとします。その方のためにしたのですから、本来であれば、それでハッピーエンドで終わってよいはずです。しかし、そうはいかないのが人間であります。もし、その方から「ありがとう」の一言がなければ、「あの人は、お礼も言わなかった……」という思いが湧いてくる。また、その方から嫌なことをされると、「あの時、良くしてあげたのに……」という思いが湧いてくる。そのような思いが湧いてくるのは、「相手のため」と言っておきながら、そこに「自分のため」という煩悩が混じっていた証拠なのでありましょう。人が為すと書いて「偽り」となる理由も、そこにあるように思います。中国の善導大師は、私たちの行う善には必ず毒が混じっている(雑毒の善)から、それをたよりに浄土へ参ろうと思っても不可能であるとお示しくださいました。

『三業を起こすといへども名付けて雑毒の善となし、(中略)この雑毒の善を回して、かの仏の浄土に生ずることを求めんと欲せば、これ必ず不可なり』観経疏 散善義

そんな私たちだからこそ、慈善活動をする上の心構えとして杉良太郎さんの言葉が響いてきます。

「ええ、売名(偽善)ですよ。皆さんもおやりになるといい」

煩悩が混じるから、慈善活動をしないのではない。煩悩が混じる私であると知らされながら、それでも目の前の人に手を差し伸べていく。杉さんの言葉が私たち凡夫の背中を強く押してくれるように思います。

称名

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