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ウイスキー

ウイスキーを覚えたのはもう10年ほど前のことになる。京都にいる頃、バイト先のレストランの隣のビルにカチッとした空気が漂うオーセンティックなBARがあった。三条河原町という繁華街の中にありながら、重い扉の向こうはまさに別世界に思えた。

深夜のバイト終わりに店長がよく連れて行ってくれた。店長がグラスを持ち酒を飲むジェスチャーをしたら、終わったらBARへ行こうのサインだ。そのサインが出たらスキップしてついていった。

そこのBARには驚くほど美味しいレーズンバターや祇園のお店から仕入れているというこれまた驚くほどに美味しいビーフジャーキーがあり、葉巻もケースに賑々しく並べられていた。丸い氷を見たのも初めてで、高級グラスも覚えた。店長はいつもラフロイグというウイスキーを頼んでいた。このラフロイグはアイラ島のウイスキーで独特な匂いで、初心者にはハードルが高い一杯だ。私も最初はこんな正露丸みたいなウイスキーのどこが美味しいのかと思っていたが、店長の真似をして飲んでいるうちに不思議とこのウイスキーの虜になった。二人でラフロイグを飲みながら気がつけば時計はいつも2・3時間進んでいて、まさにワープしたかのよう。BARでの時間は早く流れることも知った。

あれから10年経ち、京都を離れ鹿児島に帰ってきた。BARに行く機会は減ってしまったが、時々ラフロイグを飲むことがある。するとラフロイグが10年前のあの頃に連れて行ってくれる。当時の楽しかった店長との時間にタイムスリップするのだ。

1杯のウイスキーが、大切な時間に連れて行ってくれるということは、ウイスキー好きにはよくあることかもしれない。

この頃、法事に行く先で、ウイスキーをいただく機会が増えてきた。ウイスキーをくださる方の多くが旦那さんを亡くされた女性である。旦那さんが集めていたウイスキーである。レミーマルタン・ナポレオン・スーパーニッカ・ブラントン・Crest12・オールドーパー12などなど。高級なウイスキーも多く、ホコリをかぶっていたり、ラベルが剥げかかったりしている。

ウイスキーの持ち主である旦那さんは、どんな気持ちでこのウイスキーを買われたのだろうかと思う。若い頃によく飲んだウイスキーだったか、若い頃は手が出なくてようやく手に入れたウイスキーだったか。子ども成人祝いや、結婚祝いのために保管していらっしゃったものかもしれない。それが私の口にはいる。

その方が見たかった景色を少しだけ想像したりしながら、今はいただいたCrest12を飲んでいる。

end

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