日記より
2月20日(金)晴れ
向かいの枝垂れ梅も日に日に色濃くなり、隣の家の梅の木は上の方から段々と色づいてきた。春がもうそこまで来ているような、お布団を干したくなるような陽気。
午後、ご門徒のMちゃんのお見舞いにいく。「ちゃん」付けで呼んでいるが、80半ばくらいのおばあちゃん。一昨日、「命がもう長くないから、会いに行くなら今のうちに」という連絡が入った。Mちゃんは昔からよくお寺に参ってくれた。丸っこくていつもニコニコしていて、話をすれば誰もが元気をもらえた。まるで見た目で和ませ、味で喜ばせる春色の練り切りのような人である。
永利の市民病院。部屋は4階のナースステーションの隣であるらしい。1階で手続きをしエレベーターで4階へ上がる。足取りが重たい。扉の前でため息をついて中に入ると、心模様とは相反して室内は柔らかな春の日差しで一杯だった。
白いカーテンで四つに仕切られており、一つ一つの隙間から、静かな呼吸の音が聞こえていた。手前の右がMちゃんのベットだった。先っぽ1センチだけ黒茶色になった美しい白髪を枕に広げて、シーツと同化してしまいそうなほど真っ白な肌で、生まれたての赤子にもどりつつあるMちゃんがいた。思ったほど痩せてはいなかったし、チューブなども繋がれていなかった。
小さく「こんにちは」というと、その気配に目を開けた。「わかる?」と聞くと、力強く「わかる」と言った。あまりわかってない風でもあったから、「お寺だよ」と伝えると、今度ははっきりとわかってくれた風だった。想像していたよりも状態は良いようだった。「調子はどう?」と聞くと「しんどいけど、面白いよ」と言った。「面白いって、どういうこと?」と聞くと、ニコッと笑っただけだった。それから10分ほど、大きな風船を渡し合うよりも、もっとゆっくりとしたペースでお話をした。
帰り際、「またね」という言葉を飲み込んで「たくさんお話ししてくれて、ありがとう」と伝えた。Mちゃんは私を気遣う言葉を3つ4つくれて、最後にいつもの笑顔をくれた。その笑顔は春の日差しに溶けてしまいそうだった。
2月25日(水)晴れ
お昼、うちから4キロほどのところにある水引インターチェンジの信号機で近所のKさんを見かける。Kさんは60代の男性。お兄さんと一緒に暮らしている。カラッと晴れた空の下、歩くほどの速度で自転車を漕いでいた。よく見るとタイヤに空気が入っていないのだった。それもお構いなしというふうに、のんびりと漕いでいた。様々な景色をゆっくり見ているようだった。窓から手を振ると、頭をひょこっと下げてくれた。Kさんを通り越して、葬儀に向かう。
4月13日(月)曇り
Nさん(80歳のおばあちゃん)が娘さんの車に乗って来られた。本堂のエアコンのご懇志を早々に持ってきてくださったのだった。綺麗なお召し物に身を包み、本堂に上がると、足が痛いのに正座をして、三つ指をついて「よろしくお願いします」と頭を下げ、金封に入ったご懇志を差し出してくださった。私も同じような姿勢で「お預かりいたします」と丁寧に頭を下げた。そして、短いお勤めをした。
お勤めが終わるとNさんは、美しい所作で靴に履き替え、6段ほどの階段を降りられた。そして境内の隅にある石碑を見に行かれた。石碑には30年前の本堂建築の際に懇志をくださった方の名前が刻まれており、Nさんのご先祖の名前もあるのだった。
その姿を階段の上から見ていた私は、Nさんが歩いていく方向に犬のうんこがあることに気づいていた。あの大きさで、あの間隔で落とされた2個のうんこは、うちの犬アキがやったものに違いなかった。「うんこがありますよ。お気をつけくださいませ」と言おうか迷ったが言えなかった。Nさんは丁寧な足どりで、うんこの5センチ隣を通り過ぎていった。
ひとしきり石碑をご覧になったNさんは、車に乗り込む前に、また丁寧に頭を下げてくださった。
私はほっと胸を撫で下ろした。






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