お立ち姿の阿弥陀仏
如来(にょらい)の作願(さがん)をたづぬれば 苦悩(くのう)の有情(うじょう)をすてずして 回向(えこう)を首(しゅ)としたまひて 大悲心(だいひしん)をば成就(じょうじゅ)せり
正像末和讃
アイドルグループファンのなかで使われる言葉に「推しメン」というものがあります。それは、自分が気に入っている「推しのメンバー」のことで、「私の推しメンは〇〇なの。あなたの推しメンはだれ?」というように使われるそうです。その流れに乗ってか乗らずか、今や仏像も拝むのではなく、推しを見つける時代なのだとか・・・
2年ほど前に仏像総選挙なるものが行われました。事前に決められた48体の仏像(厳密には仏だけでなく、菩薩や梵天・帝釈天などの像も含まれる)の中から自分のお気に入りの「推し仏像」をSNSで投票して1番人気を決めるというものです。なかなかの投票数があり、結果は、1位:奈良県興福寺の阿修羅像。2位:京都広隆寺の弥勒菩薩だったとのことです。それにしても、その48体の像を眺めていると色んな姿・表情の像があるものだと惹き込まれます。菩薩と呼ばれる方は、活動的なものが多い印象を受けましたし、梵天や帝釈天といった方は、凛として何かこちらに訴えかけているような表情をしていらっしゃいました。そして仏と名前につく方は、さすがはさとりという最高の安心の境地におられる方ですから、どの方も目を細め、穏やかな表情で、どっしりと座っていらっしゃいました。
しかし、その中でただお一方だけ、仏という名前がついておりながら、穏やかな表情をされつつも、座ることなく立っていらっしゃる仏さまがいらっしゃいました。それが、阿弥陀仏(あみだぶつ)でした。私たち浄土真宗(じょうどしんしゅう)が大切にしている仏さまです。
阿弥陀仏の立ち姿は、そのはたらきをあらわしたものといわれます。
阿弥陀仏のおはたらきは、親鸞聖人(しんらんしょうにん)のお歌に「苦悩の有情をすてずして 回向を首としたまいて・・」と示されるように、苦悩を抱えて生きていかなければならない私たちのこと見捨てることができず、阿弥陀仏の方が私たちのところに来てくださり(回向)、お救いくださるところに特徴があります。
本来であれば、私たちの方が修行を積むことで仏に近づいていき、苦悩を解決しなければならないのですが、阿弥陀仏の側が、わたしたちのところまで来てくださり救おうとされる、そのはたらきを仏像では立ち姿で表現しています。
少し前にこのような話を聞かせていただきました。山口県にいらっしゃった広兼至道(ひろかねしどう)という僧侶のお話です。
40歳を超えたころに体調が思わしくなく、大阪の大きな病院に入院して精密検査を受けることになりました。その結果は厳しいもので、骨髄腫というガン。余命が半年と告げられました。奥さんもその病院に付き添われており、診断を受けて、奥さまと2人、まだ小さい子どものこと、お寺のことを、病室で何度も相談されました。そして、担当のお医者さんに「私はふるさとの山口で最期を迎えたい。転院することはできませんか?」と相談されました。残念ならが山口には大阪と同じような設備が整ったところはなく、となりの広島へ転院することになりました。
転院当日、この骨髄腫という癌は骨をもろくさせ、ぶつかったりころんだりするとすぐに崩れてしまうため、用心を重ねました。大阪の病院から、新幹線の駅まで救急車で向かい、新幹線の中では担架に体を固定しました。広島の駅に着いたら再び救急車にて転院先の病院に向かいました。
至道さんが大阪から広島に向かっている頃、転院先の病院に先回りしている方がいらっしゃいました。至道さんのお父さんです。お父さんは、息子の到着を病院の玄関先で立って待っていました。
転院先の看護師さんのもとには、至道さんに付き添われている看護師さんから随時連絡が入っていたようで、その情報を玄関先で待っていらっしゃるお父さんにお伝えになります。「息子さん、今大阪の病院を出たそうですから、こちらに到着するまでにあと3時間半ほどかかるようです。まだ、だいぶ時間がありますから、一度、宿に戻られてもいいですし、待たれるんでしたらどうぞロビーの椅子をご利用ください」と。しばらくして、看護師さんがロビーに戻ると、まだお父さんは病院の玄関先で立って待たれていました。それでもう一度「お父さん、早くてもあと3時間はかかるみたいです。どうぞ待たれるんでしたらロビーの椅子を使ってください」と伝えますと、お父さんは「お気遣いありがとうございます。しかし、今回の息子の帰省は、ただの帰省ではないんです。私の息子は重たい病気を告知されて、悲しみ、不安、いろんなものを抱えてこちらにむかっているんです。それを思うとね、私は座ってはいられないんです。どうかここで、このまま待たせてください。」とおっしゃられました。
しばらくして至道さんは、無事に広島の病院に到着されました。慌ただしい転院の手続きが終わったころに、お父さんとやり取りをしていた看護師さんが至道さんに話かけます「お父さんね、至道さんのことが心配で心配で座ってはいられないと言って、到着するまでの3時間半。ずっと玄関先で立って到着をまっていらっしゃいましたよ」と。それを聞いた至道さんは「そうでしたか。そうでしたか。ありがたいですね。」と、涙ながらに深く深く喜ばれたそうです。その後、43才という若さでお浄土へまいられましたが、「お慈悲はいつも立ち姿」という言葉を残されたと聞きます。
至道さんのお父さんが、息子のことを思うと心配で座ってはいられないとおっしゃったように、阿弥陀仏もこの私のすがたをご覧になったときに、心配で座ってはいられなかったのでしょう。
立ち上がられた阿弥陀仏が、今、私たちのところに届いて、南無阿弥陀仏のお念仏となってご一緒くださっています。
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