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春。

3月27日。春。

一年ぶりに会いに来てくれたやさしい友達に会いにいくんだと冗談めかしてゆうと母が一段重箱の弁当を作って持たせてくれた。

桜が満開の今日。晴れの日と休みが重なった。その弁当とカメラと文庫本をもって車に乗り込み、人影のない隠れた桜の名所を探す。
こうやってみると至る所に立派な桜が咲いている。東郷という地域の誰もいない堤防沿いの桜並木。住宅街に沿う。ここの桜は、どれも丈が低く手が届くのが特徴。

桜並木のトンネルを、枝に頭があたらぬように腰をかがめて進む。春の陽気に上着を奪われ、置き場所なく、枝にかける。満開に咲きほこる見事な桜は、薄いかすかな花びらが房となり、枝間を埋め、丸みを帯びて優しく咲く。

歩いていると、青いベンチがあった。左右を住宅に挟まれた狭い空き地に、低い木が一本とその手前の桜並木の側にそのベンチが一つ置いてある。弁当と文庫本を持つ私はこんなベンチを探していた。

そこに座って桜をみながら、一段重箱の弁当を開ける。エビフライ、卵焼き、豚バラ炒め、おにぎり、漬物・・・。全部食べて、添えられたお茶を飲む。

目の前の桜並木の下をサングラスかけたこわいおじさんも、結婚したてのようなカップルも、太ったおばさんたちも、ゆうこときかない女の子も右から左に通っていく。桜は通り過ぎる人をお祝いするかのごとく咲いている。どんな人が通ってもドラマのワンシーンのように見えるし、その人たちも幸せそう。

私は、別に眠たいわけでもないのに、春の眩しさに夢現となり、春の陽気に揺蕩う。目の前の桜の奥に、昨年の桜、その前の年の桜、その前の前の年の桜とずっと思い出を重ね、桜の影送りをする。印象深いのは親父と最後に見た桜と、祖母と最後に見た桜か。好きだった子と見た夜桜もあった。この桜と母の弁当と青いベンチもこのページに書き足されるのかと思うと、歳を取るのも悪くないと思う。

弁当を食べ終え、本を開く。桜の花びらが本に落ちてきた。子犬のおなかみたいな色。栞にするにはちょっと小さいから手で払う。
うしろでパタパタ布団を叩く音がする。後ろの家の二階で奥さんが、桜なんて見飽きたわよといわんばかりに乱暴に布団を取り込んでいる。布団を取り込む時間。お日様が傾いてきた。とっても惜しい気持ちで帰路につく。

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